立教185年3月号 天理教八生兵庫分教会 よろこび月報

ご挨拶

日々それぞれの持ち場立場において、八生兵庫分教会の上に絶大なるお力添えを賜り、誠にありがとうございます。

さて、一昨年から続く新型コロナウィルス感染や各地で頻発する紛争や弾圧、自然災害など世界中に大きな事情をお見せ頂いております。

私たちはこの節を治めて頂き、陽気ぐらし世界実現に至る唯一の手立ては親神様の理と教祖のひながたの実践以外にないと思い定め、おつとめの徹底勤修と「朝起き・正直・働き」等、できるところから務めさせて頂いております。

そして更に、その上に立って「さあ、成人の旬 存命の教祖におすがりし、次代に揺るぎない信仰信念を伝えよう」とのスローガンもと、推し進めて頂いている天浦創立八十周年記念祭、又、4月10日と仕切っての天浦成人理立等旬々に頂く御用、更には、それぞれが年頭に当たって定めた心定め完遂を常に心に置いて真剣に務めてさせて頂きましょう。

今月も何卒よろしくお願い致します。

にをいがけ・おたすけの成果

別  席  者5名
よ う ぼ く1名

天浦分教会「真心のお供え」のお願い

日々は天浦分教会の上にお心寄せ賜り、誠にありがとうございます。

コロナ禍の中、皆さま方にはいかがお過ごしでしょうか。

まだまだ感染の治まる気配が見えない中、先の見えない不安が続きますが、私どもは教祖 ひながたを心の拠り所として歩ませて頂けるよう、自問自答 しながらの毎日でございます。

本年の6月11日には兵神大教会長様をはじめ、上級の親々を迎え、天浦分教会創立八十周年を勤めさせて頂きます。

昨年には歴代会長の年祭を迎えるに当たり、皆さま方の真実で傷んでおりました神殿御簾·参拝場の畳の取り換え·廊下の改装をさせて頂く事ができ、誠にありがとうございました。

当教会の神殿並びに教職舎も建築から三十年が過ぎ、その他にもあちらこちらに傷みが生じてまいりました。

つきましては、再度のお願いになり皆さま方には大変なご負担になろうかと存じますが、6月11日の八十周年   までに改修させて頂きたいと思っております。

それぞれにいつもお心寄せを頂戴して大変な中ではございますが、皆さま方の真心のお供えを賜りますよう、お供えの袋を同封 致します。

尚、期日は2月11日、3月11日のどちらかの   月次祭に合わせて、皆さまの真実を親神様·教祖にお供えさせて頂きたいと思っておりますので、

何卒よろしくお願い申し上げます。

令和4年1月11日 天浦分教会長 木下修一朗

御恩報じの生き方

立教185年2月13日 一郎会長様 朝席のおはなし より

一本釣りされたようぼく

私はようぼくとして生きているから、何とか価値があるのです。

ちょっと極端に聞こえるかもしれませんが、ようぼくのつとめをしない私は、この世に存在しながら害でしかありません。

私の場合はとても鮮やかで、我が身我が家を考え出してそこにとらわれていくと“うつ病”になります。

もう誰とも会いたくなくなり何もかもが面倒臭くなってしまいます。だからうつ病で苦しむ人の気持ちがよくわかるんです。

私たちは、こうして御恩報じをさせて頂いているから、いつも晴れ晴れと勇んでいられます。

なぜならようぼくというのは、親神様・教祖からピックアップされ、期待されている存在だからです

「あなたは もうこれ以外の生き方は出来ません!」と一本釣りされたのです。

御恩報じの必要性

間違いなく私はこの道を通らなければ、鉄格子か箱の中でした。

鉄格子というのは、刑務所か精神病院の2通り、箱とは棺桶という大きな箱で焼かれ骨壺という小さい箱に入るという意味です。

要するにようぼくは御恩報じをしなかったら、生きている価値がないんだと私は確信しています。

においがけに王道はない!

人をたすけることが、一番のご恩報じになりますね。

その第一歩はやはり「においがけ」です。

うまく喋ろうとか、あれやこれや考えることは要りません。

ただひたすらに自分がたすけて頂いたことを真剣にお話すればいいのです。

「学問に王道はない」というように、どんな世界でも王道なんて無い!

冬季オリンピックで金メダルをとった選手たちも、コツや王道なんかはありません。

毎日毎日同じルーティンを重ねながら、その努力の集積が結果につながります。

私たちも回数を重ね、苦労を重ね、経験を積み重ね、理を作っていく、これ以外にありません。

おやさまのおともは夢とロマン

私は常に「このドアの向こうにどんな人生が広がってるのだろうか!どんなおたすけが待っているのか!」という、夢とロマンを持ってにをいがけをしています。

どんな人が出てきても、「これは教祖だ!」と思わせて頂き、必死のパッチでお伝えします。   

 そして何とかどうでもたすかってもらいたいという熱い心で粘ることも肝心ですね。

粘るとは根を張ることです。

私たちは未来永劫にわたってたすかるこんなすばらしいご用をさせて頂いているのです。

第15話『おやさまの親心に導かれて』

立教185年2月6日 順子奥様 朝席のお話より

突っぱねた修養科

改めて思い返してみますと、恥ずかしながら私も  10代の頃、天理教が大嫌いで、高校を卒業してから「修養科に行きなさい…」と言われていたのですが、「絶対に嫌だ」と突っぱねていました。

当時宝塚に住んでいた私と母が、阪急電車で三宮から帰る時のことでした─それは一瞬の出来事で、一番前の車両に乗っていた私たちは、若い男の子が走行中の電車に飛び込んでくるのを見ました。

その瞬間、バーンッという音と共にガラスが粉々に割れて、その破片が私たちにふりかかってきました。

とっさに母は私を全身でかばってくれたので事なきを得ました。

しかし、そのような人身事故に遭遇した私の運命を、母はその時悟ったのでしょう。

「この子がこのまま自分の思いを通したら、やがて自ら命を絶つことになってしまう・・・」と、当時何もわかっていなかった私のために母は陰で理立てを運んでくれたことと思います。

先生の親心とおぢばの理

その後、不思議にもあれだけ修養科を(こば)んでいた私は、母の説得もあって「1日だけなら行ってもいい…」という気持ちになり、荷物を何も持たずに手ぶらでおぢばに帰りました。いざ修養科に行ってみると、そこに本当に感じのいいお姉さんがいて「順ちゃん、一緒に頑張ろうね!」と言って下さり、何だか私はその気になってしまいました。

やはりそこには裏側で親の理が働いていたことは言うまでもありませんが、木下寿美子先生が私の修養科修養の為にそのお姉さんをうまく段取りして下さっていたことも、今になってよく理解できます。

それから3ケ月が経ち、私はまだ両親に対する反抗心を持ち合わせながらも、修養科を修了しました。その時の私は、教理なんてさっぱりわかっていなかったと思いますが、おぢばの理を戴いたのでしょう・・・

その後の人生の向きが徐々に変わっていったのです。

修養科での精神がよみがえる

その後、私は美容の世界に入ることになりましたが、不思議なことに修養科で学んだひのきしんやおたすけの精神が (よみが)えるかのように、気が付くと誰よりも朝早く出勤してお掃除をしていたり、悩んでいる先輩がいたら先生に(つな)いでお話して貰ったり病気などで困っている方をおぢばにお誘いしたりしていました。

その後も私の性分もあって、毎日仕事・仕事でとにかくかんかんになってやっていました。

羽織(はおり)(はかま)の真柱様とコンクール

私が23歳の頃、美容のコンクールがあり、私なりにやれる事は全てやってそこに臨みました。

当日私にあたったモデルが大変悪く不運にも残念な結果となりました。

私はそのことが、もう悔しくて悔しくてたまらずに、おぢば・教祖殿に行き、おやさまの前で泣けるだけ泣きました。

そしてしばらく拝をしていた私が頭を上げた その時です・・・

おやさまのお社のところから羽織(はおり)(はかま)をお召しになられた真柱様がスーッとお出まし下さり、その瞬間ハッと私の心にお答えを下さいました。

「次のコンクールに向かって、もっと心がけを良くしよう!」と思い至り、これまでのような相手を蹴落として勝利を得る競争心でなく、人を思いやりたすける心を積み重ねようと心に決めました。

そしてそのコンクールの本番直前まで、お道の本を読んで自分の心をキープして挑みました。

そこには私より上手な方はたくさんいたのですが、私は見事優勝することが出来ました。

御供(ごく)さんだけを頼りにパリへ

グランプリの賞としてパリの往復チケットを頂いて、私は(しば)らくパリに留学しました。

その時留学に行く他の人たちは、山ほど薬を持ってきていましたが、私は一切薬は持たず、「御供(ごく)さん」だけを頼りにパリに渡りました。

ある時どうしてもお腹が痛くてたまらないときに、ふっと「おやさま・・・」と思って、御供さんを頂くと鮮やかに痛みがなくなりました。

それが私のおやさまを感じることのできた2度目の体験でした。

「どこへ行っても 同じやで」

ちょうど教祖百年祭の5年前、祖父が亡くなったことを皮切りに親族間の遺産相続をめぐる争いが頻発(ひんぱつ)し始めました。それに(ともな)いこれまで見えなかった人々の欲の姿を垣間見た時「私は今のまま 美容を続けていっていいのだろうか?」と考え始めました。私の 家筋をみて、どんな事情や身上でどんな運命であるかをザーッとみつめてみたときに、何とも言いようのない自分のみじめな将来が透けて見えるようで、(はなは)(むな)しい気持ちになりました。

あるとき木下寿美子先生に「先生、もう限界です。何もかもが本当に嫌になりました。私ブラジルに行きます。ブラジルに行って美容をやります。」とおすがりしたとき、そのときに先生が、「順子ちゃん、そのしがらみも事情も自分が持ってるものやから、どこに行っても同じやで。」と私に言って下さいました。

それまでも神戸から京都、京都から東京へと…「確かにどこに場所を移しても何にも変わらない…」と心からそう納得できました。

清水(きよみず)の舞台から飛び降りる決心

結局ブラジル行きを断念した当時28歳の私は、今の現状から逃げるのではなく、本気で自分を変えるにはどうしたらいいかを1年間真剣に悩み続けました。

もう悩みに悩んだ挙句、「あぁもう こんな人生なら死んだ方がましだわ─いやいや、死ぬぐらいの覚悟が私にあるなら何でもできるはず!」と思い定め、

もうそれこそ、一世一代の清水(きよみず)の舞台から飛び降りる決心でした。 

28歳、人生の決断

それまでの私といえば、教会に住込むことを一番嫌がっており、それをしないために教祖百年祭に向かってお供えを積み立てしている程でした。

しかし事ここに至っては「仕事を辞めて、先生のもとへ行かせて頂きます!」と、自分が最も避けたかった方向へ (かじ)を切ろうとする私の決断に、先生も晴天に霹靂(へきれき)の思いをされたことと思います。

しかし実際のところ、周りの親族から全面的に反対され、決心はついたもののそれから身動きのとれない3、4ケ月を過ごすこととなります。そんな中でも先生は、今後どうなるかもわからない私のような者に対して「すぐにでもいらっしゃい…」との大きな親心でいて下さいました。

いんねんの道からの解放

そして、忘れもしません・・・

正月休みの時に、悲壮な決意を胸に、私は腹を括って関係者との今後の話し合いに臨みました。

なんとその時に、向こうの方から「もうええよ・・・順子がしたいようにしなさい。」との許しが出たのでした。

そのかわり私は一銭も無い状況でありましたが、お商売の道から足を洗うことが出来たのです。

その時仕事仲間から頂いたお餞別だけを持って、東京から新幹線に乗りました。

お商売の道から解き放たれ、おぢばへ向かうその道中に、私はこれまで名誉や金に囚われた世間並みの価値観の中で雁字搦(がんじがら)めになっていた自分自身を静かに見つめ直すことが出来ました。

 おやさまへのお誓い

まったく形のないその執着というものに束縛(そくばく)されていた私は、おぢばへ参拝させて頂き、本当の自由を手にしました─頂いたお餞別の中から講習の費用を払って、残りの全部を教祖殿でお供えしました。

そして私は おやさまに向かい額づいて・・・

「(寿美子)先生のお身体が良くなるまで、おそばにおいて頂きたいと思います・・・その後のことは全ておやさまにお任せ致します。私の決心としては、死んだつもりで選んだこの道、今世は結婚もしなくていい、子供も要りません、家庭的な事も女としての人生も 皆捨てて、いんねん納消に全力を尽くす覚悟でございます・・・もう二度とあんないんねんの道に戻る事だけは絶対に嫌です!」と述べて、最後に「・・・出来得れば、教祖がよろしいと思召されるならば、どうか結婚をさせて下さいませ。」とお願いをした後そっと顔を挙げました。

すると、向こうから教祖殿で式を挙げるために、お嫁さんが入っきたのです。

その途端、私は「これはおやさまが私の心定めとお願いをお許し下さったに違いない・・・」と悟らせて頂きました。

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こうして一つ一つ思い返せば、本当に自分がまだ信仰も何もないところから、親神様、教祖の存命の理とか、そんなことも何もわからない者をここ、ここという時におやさまが働いて下さって、導いて下さったことを実感せずにはおれません。

月間よろこび月報

日   程                                 日  付行    事時   間
3月3日(木)     婦人の集い 【別席団参①】10:00 神殿集合 兵庫9:00発
 4日(金)天浦 春季霊祭10:00執行
 6日(日)    <西区布教>   9:30神殿集合
  7日(月)<兵庫布教>    10:00 神殿集合
10日(木)大教会伏せ込み㋪/天浦月次祭前日㋪13:00天浦集合
11日(金) 日()日( 土)天浦 月次祭 /まごころの御供最終運び9:30執行
12日(土) 日()日( 土)名田 月次祭 10:00執行
13日(日)<西宮布教>   9:30神殿集合
14日(月)<中央区布教>    9:30神殿集合
15日(火)琴緒 月次祭11:00 執行
16日(水)   <松山布教>      5:30兵庫発
18日(金)八生兵庫 春季霊祭/女鳴物勉強会10:00執行/12:45
20日(日)<天浦分教会布教実習>10:30天浦神殿 集合
22日(火)<垂水布教>9:30神殿集合
23日(水)兵神 月次祭 <遥拝式><10:00執行>
25日(金)修養科受付15:00 兵神詰所
26日(土)御本部月次祭 <遥拝式>・鳴物練習  よう <10:00執行>
4月1日(金)八生兵庫分教会 月次祭 前日㋪ 
2日(土)八生兵庫 月次祭10:00執行