別火別鍋

明治四年九月、教祖は「別火別鍋」と仰せられました。

教祖のお食事を、人と神の区別をせよということです。

身近な生活を通して、教祖の食事と人の食事を別にされ、教祖が月日のやしろ=神であるということを人々の目に見せて納得させようとの親心からです。

同じように明治七年、赤衣を召されて、教祖が月日のやしろ=神であるとうことを人間に示して納得させようとされています。