天理教人名辞典 内海正雄 うつみまさお

内海正雄 うつみまさお

神道本局幹事、その後幹事長。

『稿本天理教教祖伝』には、明治19年(1886)取り調べのために、権中教正古川豊彰の随行として、権中教正内海正雄が、大神教会会長の小島盛可と共に「おぢば」を訪れたとある(293ページ)。

明治21年、東京で天理教会が認可される前後には、内海が特に力を寄せ、認可祝賀会には、神道本局幹事として出席している。

『稿本中山眞之亮伝』には、天理教の一派独立の際に内海らと会合し、指示を仰いだという記事が見られる(69ページ)。

また、上原佐助と親交が深く、彼の息子内海弘蔵は、一派独立のために天理教が明治36年から開催した教師講習会で、東分教会(当時)の教外講師となり、その後約20年にわたり講演活動をした。