村田すま むらたすま
安政4年(1857)7月8日、大和国添上郡伊豆七条村に、父桝井伊三郎、母キクの子として生まれる。
兄は伊三郎(父と同じ名前)。
父の代からの信仰で、慶応3年(1867)11月の頃、父の身上にて、母キクに連れられてお屋敷に帰り、初めて教祖(おやさま)におめにかかり、その後、身上障りは日ごとに守護を頂き、おぢばへ運ばせて頂いた。
明治10年(1877)3月22日午前10時頃、お屋敷に帰らせて頂いたら、教祖から
「前栽に縁付きせんか」
と仰せられ、
「お前だけではいかん、兄さんに来てもらえ」
と言われた。
そのお言葉より縁談が進み、26日、中南の間にて教祖から村田幸助との結婚の盃をして頂いた。
その時、これですっかりすんだから「すま」というと名前を頂いたのである。
その時、教祖から
「今一寸前栽へ行くだけで、ぢきに屋敷へ帰って来るね」
と仰せ頂いたのである。
その後長く教祖のもとでつとめた。
明治13年には赤衣の紋章を頂き、雨乞づとめをはじめ、その他おつとめにも出た。
夫幸助と共にお屋敷に真実つとめきり、大正11年(1922)2月27日天理教婦人会常議員、昭和4年(1929)1月25日天理教婦人会理事を勤める。
昭和12年2月14日、81歳で出直した。