市兵衛 いちべえ 中野市兵衛
中野市兵衛。
寛政4年(1792)生まれ。明治3年(1870)没。
長滝村(現・天理市長滝町)の庄屋で、かねて真言系当山派の山伏、修験者。
当時、近傍に聞こえた法力の持ち主であった。
天理教とのかかわりは、天保8年(1837)10月に教祖の長男である秀司が麦まき中に左足に痛みを覚え、医薬の効なく市兵衛宅で祈藤をしたのがはじめで、後、中山家で護摩を焚いての寄加持が行われた。
立教の元一日となった天保9年(1838)10月の中山家における寄加持も市兵衛によって行われた。