ありのままdiary R187.5.19

おぢば尊し

本日、無事に初席者をお連れしておぢばがえりをさせていただくことが出来ました。

私のコンディションは万全ではなかったが、それも良い経験だったと思える日となった。

お連れした方と同じ部屋で宿泊させていただいたが、その方は夜中にガサゴソと音を立てて動き、起床の予定よりも2時間ほど前から目を覚ますことになってしまった。

もう一度眠ることができず、でも起床時間までは目を瞑ることにしたが、ガサゴソ動いたり独り言を言ったりと、正直なところ大変だった。

けれども自然とムカつく気持ちは少なくて不思議な時間を過ごすことになっていた。

運転手として青年が同行してくれたので、本当に助かった。

私は傍聴予定があったため、行きの半分は車内で休ませてもらうことにしたが、運転してくれた青年が話し相手をつとめてくれ、お連れした方も心地よく道中を共にしてくれた。

おぢば到着後、参拝より先に別席を受ける流れにさせていただいた。

お誓いを受けていただいたが、思っていたよりも時間がかかっており、待機しながらソワソワする経験も出来た。

車内でお誓いを読んでいただき、説明していた時から抵抗を覚えている様子はなかったので安心しながらも、まだかまだかと待たせていただいた。

無事にお誓いを終えた時にとても安堵し、皆このハラハラ感を味わっているんだと体感させていただいたので良かった。

会長様より、私も傍聴するようにと言っていただいており、おさづけの拝戴日を確認したところ、私は今よふぼく10歳であることに気付いた。

そうしたことから、この別席は何としてでも起きて聞かせていただこうと決心して臨むことが出来た。

正直、めちゃくちゃ睡魔に襲われたし、隣では寝てるのか?

というような状況だったが、後の神殿案内のためにも、お話を心に治めようと必死に聞かせていただけた。

本当に尊いお話で、睡魔と戦いながらも聞かせていただいたことは有難い時間となったとつくづく思えた。

お連れした方の感想は、眠くて情報量も多くて分かりにくいということだったが、理解しようと努力して下さったことは有難いことですね。

自らお連れして神殿案内するのは大変緊張するかもと思っていたが、いざつとめてみると、普段の自分のままで案内できていた。

無意識で、自然体でいることは大切だなと感じることができました。

東礼拝場で参拝していると、学生時代にお世話になった先生が神殿奉仕されていたり、もう1人の先生は人をお連れしたりと、すごいタイミングで出会わせていただくことができた。

また、たまたま天浦の別席団参と同じ日だったようで、多くの方が帰って来られていた。

みなさんお連れした姿を見てとても喜んで下さり、

「頑張ってるなあ!勇んでるなあ!」

と声をかけて下さった。

自分自身は勇んで歩いているつもりはなかったが、みんなにいい顔してると言われ、これも全ておかげだなぁと実感することが出来た。

環境を変えることは大事だと思っていたが、本当にこの環境のおかげで変われていることに気付き、感謝の思いが倍増した。

お連れした方は神殿に驚き、おぢばの雰囲気を喜んで下さり、すごい、良かった、を連呼してくれていた。

無事に送り届けた際にも次回の予定も決めることができ、おつとめを覚えるとか、勉強できる資料が欲しいと言って下さり、求める姿勢になって下さっていた。

親の理を頂いた上で実現したおぢばがえりで、さらに強力なお力添えも賜り、さまざまな方のおかげで無事にお連れすることが出来た。

今後も丹精させていただき、続けて運んでいただけるように努めたい。

そして、他にも1人でも多くの方をお連れする努力をし、自分でも勇んでるなぁと思えるように通っていきたいと思えました。