たんのう とは?
神一条に進むものは、「たんのう」と「ひのきしん」の心構えが大切です。
たんのうとは、どんなことが起きてきても、すべて親神様のおはからいであり、そこでわが身の「いんねん」を自覚し、親神様の思召しを受け取り、喜ぶことが「たんのう」という心です。
「おさしづ」に
わるい中にたんのうおさめられん、道理といふ、ならん中たんのう、をさめられん所からをさめるは真実まことといふ、前生因縁のさんげともいふ (明治30・7・14)
と仰せられます。
身上・事情のある中を、喜んで通るというのは出来ないものでありますが、そこを「たんのう」の心で喜んで通らせて頂くことが誠真実であり、いんねんの自覚、さんげとなり、いんねん納消に繋がっていきます。
原典「おさしづ」には他にも
ふじいうの処たんのふするはたんのふ、とくをつむといふ、うけとるといふ、これ一つきゝわけにやならん (明治28・3・6)
と仰せ下さいます。
先にも述べたように、不足を思わず、「たんのう」の心でどんな状況でも満足し、喜んで通ることが「徳を積む」ということになります。
積んだ「徳」は、親神様に受け取って頂け、「ふしぎなたすけ」をお見せ下されます。