ハッピーハロウィン?
今日はハロウィン。
めっちゃどーーーでもい。
当日を意識したことないため、結局ハロウィンって何日なんやろ?
ってなる毎年。
ハロウィンを推す期間が長いため、私は30日が当日なのかと昨日まで思っていたくらいである。
この地も、夜の駅前は人だかりでごった返し、仮装などで賑わうそうだが、わざわざ見に行こうという気までは起きないからゆっくりした。
昼までは全くそんな雰囲気が見えない街並みだったため、ある意味おもしろいとは思いますね。
今日は、午前中にお世話になっている先生のお話を聞かせて頂く日だった。
単独布教から始めて20年以上続けてこれた理由として、
「勇んでなかったから。そのため、毎日が追われるようなもので、やらなアカンという感情だったから通れた」
と、気付けば年月が経っていたというようなお話をして下さった。
分かる、めっちゃ分かる。
並べるとおこがましいが、私も勇むという感情は持っていないし、なるべく勇んでいるとは言いたくない現状。
ありがたくも少しの結果が出ていたり、雰囲気が変わったという理由から、周りには勇んでると言われるようになってきたが、私的にはこれっぽっちも勇めていないのである。
さまざまな出会いが不思議だなぁと思っているし、私レベルが勇んでると言っていると、だんだん心が高くなっていくのが分かるから気をつけているという点もある。
1番大きな要因は、天浦や八生兵庫のえげつない人たちを間近で見てきたことから、勇んでる人の概念が高すぎる区域にいるということも挙げられる。
そうした理由で、まだまだ勇には程遠いと思って過ごしているが、その先生のお話は少し共感を持てたからありがたかった。
まあ、この地に来てからの初めての夏を乗り越え、冬に向けてまた気合いを入れなければと考え、11月から歩み方を変えていこうと思案していたタイミングで、ヨシっと思えるような言葉も頂けた時間となった。
あるイベントに向けた人づくりの心定めがあり、私もそれに向けて頑張らないとと思い、複数人の別席者をお連れしたいと思うようになり、日常を変えていきたい次第である。
良いキッカケとなり、少し腹が据わった。
午後の最後はMさんに用があったため、それまで理作りで回ろうと思って向かっていると、Mさんから
「おぢばにお誘いしている人から会いたいと言われた。よかったら来てくれ」
と、呼び出しの電話が入った。
1つの可能性のためにと思い、向かって3人でランチを頂くことになった。
お誘いしている方は、トラブルで困っているから手伝ってほしいと言ってくれており、Mさんもその道中である。
それが解決できたら、いざおぢばへ!
という流れで進めようと頑張ってくれているが、今日会った感じは期待しないでおこうというのが正直なところ。
ただ、そのトラブルというのが、私の家族が持つお金の因縁に関することであるため、けっこうヒヤヒヤもんである。
なんとか上手く進むように、そしておぢばへ帰って頂けるように願って過ごそう。
午後は、その関係で時間を多く使ってしまい、ヘトヘトになったしやるせない気持ちにもなってしまったが、キリよく明日から11月だから仕切り直そう。
しっかり変化して進みたいものですねぇ。
まいた種はどこかで必ず
そう言えば、お昼の時間に、ある婦人さんからお電話を頂いた。
その方は、5月頃にお出会いした方で、以来何度も通ったが会えず、これで終わりにしようと思って手紙を残したところ、幾日か経ってから電話して下さり、特に最近は突然電話をかけて下さる関係である。
20〜30年前、ご友人の誘いで、息子さんと共に他系統の教会からこどもおぢばがえりに参加された過去があり、天理教は大好きと言っておられた。
話をする中に、身上を機にご友人とは縁を切ったということで、別席も受けてなさそうだったからお誘いに通おうとしていたのである。
その方は、私が訪問した際の態度や電話での応対を気に入って下さり、応援したいと言って下さっていた。
そんな中、先日の電話で20年ぶりくらいにご友人に連絡し、この度の秋季大祭に帰ると報告された。
その話の中で、嬉しいことに私ともおぢばに帰りたいと言って下さったので、今回は無理だが、私も別席をと思い、
「別席という1時間半ほどの神様のお話を聞いて頂きたい」
と強く押していた。
すると後日、秋季大祭で帰る時にお話も聞いてくるという電話報告をされたのであった。
「勧めてくれたから、お話も聞いてくるよ」
と。
いやいや、ちゃうんよなぁ、という感情を押し殺しながら、
「それは嬉しいことです。ただ、私と一緒に行って聞いてほしかった。なぜなら…」
と、系統などを柔らかく説明し、今後は深入り出来なくなる可能性が出ることをお伝えした1件があった。
今回の電話は、無事に参拝もして親子で別席も受けたことを報告され、春の大祭にも帰ると言われた。
めちゃくちゃ残念ではあるが、私が関係したことで、系統は異なるが初席者2名が誕生したことは喜ばしい。
陰の数として捉え、ここで蒔いた種はどこかで生えてくると信じて通らせていただこう。
1つ、悔しさと有難さを同時に味わえた経験でした。